歴史系

ポルトガル菓子なのにスペイン名?カステラ語源の歴史ドラマ解説

ふだん何気なく食べているカステラ。その語源を調べようと検索した瞬間、
「え?ポルトガルのお菓子なのに“カスティーリャ”ってスペインじゃないの?」
——そんな“引っかかり”にぶつかった経験、きっとあるはずです。

私自身、初めてこの矛盾に気づいたときはモヤモヤが止まりませんでした。
しかもネット上では「諸説あります」「ポルトガル語では通じません」などの曖昧な説明が多く、読み終わってもスッキリしないこともしばしば。
この“消化不良感”、本当に frustrating(もどかしい)ですよね。

ポイント

この記事では、そのモヤモヤを最短で晴らす“決定版”として、
「なぜスペインの名前が、ポルトガル由来の菓子につくのか?」
「本場のカステラと日本のカステラ、何が違うのか?」
「どうして日本独自の“しっとり”に進化したのか?」
——こうした疑問を、ひとつのストーリーとして紐解いていきます。

この記事でわかること
  • 「カステラ」という名前が“スペインの地名”に由来する理由
  • ポルトガルのパン・デ・ローと日本のカステラの違い
  • 日本で独自に進化した“しっとり食感”の秘密
Contents
  1. カステラの語源はなぜ「カスティーリャ」なのか?
  2. 王妃カタリナが生んだ「カステラ誕生の物語」
  3. ポルトガルの原型「パン・デ・ロー」と日本のカステラの違い
  4. 日本で独自進化した「長崎カステラ」という完成形
  5. カステラが黄金色なのはなぜ? 修道院が生んだ「三つの白」
  6. 「カステラ 語源 ポルトガル」に関するよくある質問
  7. まとめ

カステラの語源はなぜ「カスティーリャ」なのか?

ほんのり甘い香りの向こうに、実は500年前のヨーロッパの歴史が潜んでいる。そう聞くと少しワクワクしませんか?
まずは、読者の多くが抱える“最大の違和感”——「なぜポルトガルなのにスペインの名前なの?」という謎から、丁寧にほどいていきます。

「ボーロ・デ・カステーラ」が意味する“カスティーリャのケーキ”とは

カステラの原型は、ポルトガル語の「ボーロ・デ・カステーラ(Bolo de Castela)」。
直訳すると、ずばり「カスティーリャ(スペイン)のケーキ」です。

つまり、名前そのものが“スペインの地名”を指しているわけです。
初めて知ると「え、どういうこと?」と驚く方も多いですが、これは偶然ではなく、16世紀に起きた“ある出来事”が鍵になっています。

そもそも「カスティーリャ」は、イベリア半島中央部に存在した王国。
「castellum(城)」を語源にもち、レコンキスタ時代に城塞が多く建てられた地域として、歴史的にも“城の国”として知られていました。

カスティーリャ王国と「城の国」という名前の背景

カスティーリャという地名は、ラテン語「castellum(城・砦)」が語源。
この言葉が複数形の「castella」になり、それが地名として定着しました。

このエピソード、個人的にはとても好きです。
なぜなら、ふわふわのカステラと“城だらけの国”というギャップがとても印象的だから。
読者としても、こういう“ズレ”は記憶に残るものですよね。

当時のカスティーリャ王国は強大な存在で、紋章にも「城」が描かれていました。
そんな地域名が、なぜポルトガルの菓子名に?

——ここからが、本当のドラマの始まりです。

なぜポルトガル人が“スペインの名を冠した菓子”を作ったのか?

最大の謎はここです。

参考

実はこの背景には、スペイン王女カタリナがポルトガル王室に嫁いだという
“ヨーロッパ王室の政略結婚”が深く関わっています。

カタリナ王妃はスペイン・カスティーリャの出身。
彼女のために、ポルトガル宮廷の料理人が故郷の味を再現しようとして生まれたのが、
「王妃のビスケット(ビスコウト・デ・ラ・レイナ)」でした。

その後、王妃の出身地にちなんで「カスティーリャのケーキ=ボーロ・デ・カステーラ」という名前が広まり、
やがてポルトガルの菓子文化として定着していきます。

(ポイント)人の感情——“懐かしい味を再現したい”という気持ちが、国を超えて菓子の名前に残る。

そう考えると、ちょっと胸が温かくなるエピソードですよね。

王妃カタリナが生んだ「カステラ誕生の物語」

語源の“謎”が解けたところで、もう少しだけ深く踏み込みましょう。
カステラが「カスティーリャのケーキ」と呼ばれた背景には、ひとりの女性——スペイン王女カタリナの人生があります。
ふわふわの甘い菓子の裏に、16世紀の王室ドラマが隠れていると知ると、ちょっと胸が高鳴りませんか?

スペイン王女カタリナがポルトガル王室へ嫁いだ理由

カタリナ・デ・アウストリアは、スペイン王家の名門に生まれた王女。
兄はあのカール5世(カルロス1世)で、当時のヨーロッパでは絶大な影響力を誇っていました。

彼女は1525年、ポルトガル国王ジョアン3世のもとへ嫁ぎます。
これは恋愛ではなく、典型的な“国と国をつなぐ政略結婚”
当時のスペインとポルトガルは、大航海時代の覇権をかけて世界へ乗り出していたタイミングで、
王室同士の血縁を深めることは、とても重要な外交政策でした。

ただ、そんな立場で国をまたいだカタリナも、一人の人間。
異国の地に嫁ぐときの不安や寂しさは、きっと現代の私たちにも想像できます。
この“郷愁”こそが、カステラ誕生の大きなきっかけになります。

王妃のために作られた「ビスコウト・デ・ラ・レイナ」

カタリナは多くの料理人や侍女を連れてポルトガル宮廷へ入りましたが、
新しい土地の料理がどれほど豪華でも、“故郷の味”ほど心を満たすものはありません。

そこで宮廷の料理人たちが作ったのが
「ビスコウト・デ・ラ・レイナ(王妃のビスケット)」
と呼ばれる、スポンジケーキのようなお菓子。

卵と砂糖をふんだんに使うレシピは、カステラの原型そのもの。
卵白を大量に使う修道院文化の影響もあり、当時の菓子は黄金色で贅沢な味わいが特徴でした。

カタリナの“懐かしさ”を満たすために生まれたこのお菓子が、後に「カスティーリャのケーキ」という名前で呼ばれ始めます。

(ポイント)人の感情が食文化を動かす瞬間——読んでいてどこか共感しませんか?

宮廷で「カスティーリャのケーキ」という呼び名が定着していく流れ

最初は「王妃のビスケット」と呼ばれていたこの菓子。
しかしカタリナの出身国——カスティーリャを象徴する味として認識されるようになり、次第に
「ボーロ・デ・カステーラ(カスティーリャのケーキ)」
という呼び名が宮廷で自然と広がっていきます。

  • 異国に嫁いだ王妃への敬意
  • 料理人たちの想像力
  • 政治と文化が入り混じる時代背景

こうした複数の要素が絡み合い、カステラという名前は、“物語のある菓子”として育っていきました。

当時の人々も、まさか500年後の日本で「カステラ」が国民的なお菓子になるとは想像もしなかったでしょう。
こういう歴史の偶然って、なんだかロマンがあります。

ポルトガルの原型「パン・デ・ロー」と日本のカステラの違い

カタリナの物語をたどると、「カステラ」という名前の由来はかなりスッキリしましたよね。
でも、まだもう一つ、よくある疑問があります。

「本場ポルトガルのカステラって、日本のカステラと同じなの?」

旅行好きの友人が「ポルトガルでカステラを注文したら通じなかった…」と肩を落としていたのを思い出します。
実は、日本人がイメージする“あのカステラ”は、日本で独自進化した姿
ここでは、その原型にあたるパン・デ・ローとの違いを、わかりやすく整理していきます。

パン・デ・ローと日本カステラの違い一覧

パン・デ・ローはポルトガルの伝統菓子ですが、その姿・食感は日本版カステラとは大きく異なります。
まずは両者の違いを一覧で比較してみましょう。

パン・デ・ローと長崎カステラの比較

項目 パン・デ・ロー(Pão de Ló) 日本のカステラ
起源 修道院菓子として15世紀頃から存在 ポルトガル菓子が日本で独自進化
形状 円形や王冠型、陶器型で焼く 木枠で焼く長方形(棹型)
食感 半熟・とろとろが主流 完全に焼き上げ、しっとり弾力
材料 卵(卵黄多め)、砂糖、小麦粉 卵・砂糖・小麦粉+水飴・蜂蜜
火入れ 中心は火を通しきらないことも 均一に火を通す技術を使用
名称の由来 「Ló=薄い布」から軽さを表す 「カスティーリャ」に由来

この表を見るだけでも、“似ているけれど別物”ということがよくわかりますよね。

“半熟”が日本で消えた理由

パン・デ・ローの最大の特徴は、中心がとろりとした半熟の仕上がり
でも、日本に伝わったカステラは、しっかり火を通す方向へと進化します。

その原因は、日本の気候・文化・食の習慣にありました。

  1. 湿度が高い日本では保存が難しい
    半熟の菓子は傷みやすく、長距離の移動や贈答には不向き。
    当時は冷蔵技術もないため、「完全に火を通す」ことが求められました。
  2. 切り分けて配る文化に合わない
    半熟の柔らかい菓子は美しく切れず、贈答文化の根付いた日本では扱いづらかったのです。
  3. しっかり焼いてもパサつかない“水飴”の登場
    江戸時代に使われ始めた水飴は、保水性が高く、焼き菓子の乾燥を防いでくれます。
    そのおかげで、完全に火を通しながらも“しっとり”を保つ、日本独自のカステラが完成しました。

(ポイント)私はこの進化の話を聞いたとき、「食文化って、環境と人の知恵が作るんだな」としみじみ感じました。

日本で独自進化した「長崎カステラ」という完成形

パン・デ・ローとの違いが見えてくると、次に気になるのが
「じゃあ、日本のカステラはどうやって“あの形・あの食感”になったの?」という点です。

実はここに、長崎の職人たちの創意工夫がたっぷり詰まっています。
初めてこの変遷を知ったとき、私は「これぞ日本のものづくり精神だ…」と少し感動したほどです。
甘いお菓子ひとつに、技術の積み重ねと知恵が息づいているんですね。

「引き釜」が生んだ均一加熱という技術革新

16世紀の日本には、パン焼き用の大きなオーブンは存在しませんでした。
そこで長崎の職人たちが工夫して生み出したのが、「引き釜(ひきがま)」という独自の焼成装置です。

引き釜は、鍋のような容器の下から火, さらに蓋の上にも炭火を置くことで、
“上下同時加熱”を可能にした画期的な仕組みでした。

これにより、厚みのあるカステラ生地の中心まで火がきちんと通り、
底だけ焦げてしまうといった失敗が減り、美しくふっくら焼き上げられるようになります。

(ポイント)オーブンがない時代でも“できる方法を見つける”という姿勢に、長崎の文化の底力を感じます。

水飴の使用がもたらした“しっとり食感”の科学

現代のカステラの魅力は、なんといってもあのしっとり重厚な食感
これを可能にした最大の要因が、江戸時代以降に使われるようになった水飴です。

水飴(主成分は麦芽糖・デキストリン)は、
砂糖よりも圧倒的に保水性が高いという特徴があります。
生地に加えることで、焼き上げた後でも水分が逃げにくく、
時間が経つほど味が馴染む“深いしっとり感”が生まれます。

実際に食べ比べると、砂糖だけで作ったスポンジより、
水飴入りのカステラのほうがずっしりしていて満足感が違うんですよね。
この一工夫が、日本のカステラを世界でも稀有な焼き菓子へと押し上げました。

木枠による長方形の“棹型”文化

そして、もうひとつの大きな特徴が長方形の形(棹型)です。
ポルトガルでは円形が主流ですが、日本では木枠を使って長方形に成形するスタイルが定着しました。

その理由は、日本の文化に深く関連しています。

  • 切り分けて贈る“棹菓子文化”に合っていた
    細長い形は、包丁で美しく均等に切り分けるのに最適。
  • 木枠は火の当たりが柔らかく、側面が焦げにくい
    結果として、側面までしっとり焼き上がる。

この「文化 × 技術」の融合が、今の長崎カステラを形作っています。
和菓子として根づいた背景が、形にも表れているんですね。

カステラが黄金色なのはなぜ? 修道院が生んだ「三つの白」

ここまで来ると、ひとつ気になることがありますよね。
「どうしてカステラはあんなに美しい“黄金色”をしているのか?」

実はこれ、ポルトガルの修道院で生まれた“ある事情”と深く関係しています。
私はこの背景を知ったとき、「そんな理由があったのか!」と驚きました。
お菓子の色合いひとつにも、歴史がしっかり刻まれているんです。

卵白が修道院で大量消費された理由

15〜17世紀のポルトガル。
修道院では、日常的に卵白が大量に使われていました。

用途は意外にも、料理ではありません。

  • 修道女たちの白い衣装の糊付けに使用
    卵白は乾くとパリッと固まる性質があり、衣装を美しく保つための天然の“のり”として重宝されました。
  • ワインの清澄(フィルタリング)にも使用
    ワインの不純物を除き、澄んだ色に仕上げるための“ろ過材”として卵白が活躍していたのです。

このふたつの用途のおかげで——
修道院には卵黄だけが山のように余るという現象が起きました。

(ポイント)「卵黄が余りすぎて困ってる修道院」、なかなか想像できませんよね。

余った卵黄と砂糖が生んだ修道院菓子の文化

余っていたのは、栄養価が高くとても貴重だった卵黄。
これを無駄にするのはもったいない——
そんな思いから生まれたのが、ポルトガル名物の修道院菓子(ドーセス・コンヴェントゥアイス)でした。

卵黄に、当時高級品だった砂糖をたっぷり使うことで、
濃厚で黄金色の贅沢な菓子が数多く生まれます。

パン・デ・ロー、そして後に日本へ渡るカステラもその系譜にあります。

ポイント

つまり、
カステラが黄金色なのは、修道院の“余り物活用”の知恵がルーツ。

なんとも意外で、ちょっと温かみのあるストーリーですよね。
ただの色ではなく、“歴史が生んだ色”だったわけです。

「カステラ 語源 ポルトガル」に関するよくある質問

ここまで読み進めてきた方なら、きっと「もっと詳しく知りたい!」という気持ちが高まっているはず。
ここでは、検索で特に多い質問を、できるだけシンプルで要点がわかる形でまとめました。
友人に説明するときにも使える、覚えやすい“答えの芯”だけを凝縮しています。

カステラの語源は本当にスペインなのか?

カステラの語源は、ポルトガル語の「ボーロ・デ・カステーラ(カスティーリャのケーキ)」で、
スペインの地名カスティーリャが由来であるのは事実です。
カタリナ王妃の出身地がスペインだったため、その名が宮廷菓子に付けられました。

パン・デ・ローと日本のカステラは何が違う?

パン・デ・ローは半熟食感が特徴の修道院菓子で、円形で焼くのが一般的。
一方、日本のカステラは水飴を加えて“しっとり”を実現し、
木枠で焼く長方形の棹型が定着した別系統の進化形です。

なぜ長崎カステラにはザラメが敷かれるのか?

ザラメは意図的なトッピングではなく、かつて生地の砂糖が溶け残って底に沈んだ偶然が始まり
その“ジャリッ”とした食感が好まれて定着し、今では長崎カステラの特徴として扱われています。

台湾カステラと長崎カステラの違いは?

台湾カステラはメレンゲを使う“シフォン系”で、ふるふる・シュワシュワの軽さが特徴。
長崎カステラは水飴・全卵を使った重厚な食感で、系統そのものが別物です。

カステラは和菓子と洋菓子のどちらなのか?

起源はポルトガルですが、日本で独自進化し、400年以上定着したため、
分類上は和菓子(南蛮菓子)とされています。

まとめ

カステラの語源から、パン・デ・ローとの違い、日本独自の進化まで——
ひとつのお菓子の裏に、これほど多くの歴史や文化、人々の感情が詰まっているとは、驚きだったのではないでしょうか。

スペイン王女カタリナの郷愁、ポルトガル修道院の知恵、長崎の職人の技術。
それぞれの時代の人々の思いが積み重なって、今のカステラがある。
そう考えると、次にカステラを口にしたとき、ちょっとだけ味わいが深く感じられるかもしれません。

(ポイント)お菓子ひとつの物語が、見える世界を少し豊かにしてくれますように。

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