写真よりずっとデカかった──坂本龍馬の身長を実測データで暴く

「坂本龍馬は背が高かった」という言葉を耳にしたことがある人は多いでしょう。しかし、その「高い」とは、どの程度を指すのでしょうか。龍馬の写真や銅像から抱く印象と、実際の史料に基づく数値には意外な違いがあります。

本記事では、京都国立博物館に残る紋服の実測値や同時代人の証言、さらに幕末期の平均身長データを用い、龍馬の身長を科学的かつ歴史的に検証します。単なる逸話ではなく、彼の体格が果たした「歴史的な意味」にまで踏み込み、幕末という時代における「高身長の象徴」としての龍馬像を明らかにします。

この記事でわかること

坂本龍馬の身長は何センチだったのか？――結論と根拠の全体像

坂本龍馬の身長をめぐる議論は、古くから多くの説が存在しますが、現存する物的証拠と証言の双方を突き合わせることで、最も信頼できる結論に近づくことができます。ここでは、その全体像を整理します。

最終結論：172〜175cm（中心値172〜173cm）というレンジ

総合的な検証によると、坂本龍馬の身長は172cm〜175cm程度であったと推定されます。これは、幕末期の日本人男性の平均身長（約155cm）をおよそ17〜20cmも上回る値であり、当時としては圧倒的に大柄な体格でした。

この数値は、単なる伝聞ではなく、現存する遺品の実測データと複数の同時代証言によって裏づけられています。つまり「龍馬は背が高かった」という一般認識は、感覚的なものではなく、統計的にも実証されている事実なのです。

物証の最重要根拠：京都国立博物館所蔵の紋服寸法分析（推定172cm）

京都国立博物館に所蔵される坂本龍馬の紋服は、彼の実際の体格を示す最も信頼性の高い資料です。現代の研究者がこの紋服の寸法を基に推定したところ、身長約172cm、体重約80kg、ウエスト約80cmという結果が得られました。

これらの数値は、龍馬が単に長身であっただけでなく、全体的にがっしりとした骨太の体格であったことを示しています。現代の標準体型に換算すると、スポーツ選手のような均整のとれたバランスを持っていたといえます。

この「実測に基づくデータ」は、後世の龍馬像（等身大ドールや展示資料）にも採用され、現代のビジュアルイメージの基礎となっています。

同時代証言のレンジ：5尺7寸（約173cm）〜5尺8寸（約175.7cm）、5尺9寸（約179cm）の扱い

龍馬と親交のあった人々の証言は、いずれも「高身長」という印象で一致しています。

この3つの証言を総合すると、中心値は173〜175cm程度とみるのが妥当です。英雄視される人物の体格が誇張されやすい傾向を考慮しても、この範囲の数値は史実として十分な説得力を持ちます。

なぜ「高身長」と言えるのか？――幕末平均155cmとの定量比較

坂本龍馬が「当時として非常に背が高かった」と言われる理由は、単なる印象や逸話ではなく、当時の日本人の体格データに照らしても明確に示されています。ここでは、幕末期の平均身長との比較を通して、その「高さ」を定量的に理解します。

幕末日本人男性の平均身長＝約155cmという基準と「歴史的低身長期」

江戸時代後期から幕末にかけての日本人男性の平均身長は、学術的な人体測定データによるとおよそ155cm前後とされています。

これは、日本の長い歴史の中でも特に低い水準に位置しており、「歴史的低身長期」と呼ばれるほどの時代でした。

主な原因は次の3点にまとめられます。

このような環境の中で、龍馬のように170cmを超える体格を持つ人物は極めて稀であり、彼が人々の目に「異様に大きく見えた」ことは容易に想像できます。

17〜20cmの差が示す視覚的インパクト：現代平均171cmに対する188〜191cm相当の比喩

坂本龍馬の推定身長（172〜175cm）は、当時の平均値を約17〜20cm上回るものでした。

この差を現代に置き換えると、平均身長171cmの社会に188〜191cmの人物が立っているのと同じ感覚になります。

つまり、龍馬の存在は単に「少し大きい」ではなく、「誰もが目を引く異例の体格」として強く印象づけられたのです。

また、体重も約80kg前後と推定されており、痩せ型ではなく骨格のしっかりした体格だった点も重要です。和服姿の人物が多かった時代に、彼の堂々とした体躯は、群衆の中でも圧倒的な存在感を放っていたと考えられます。

体格推定（約80kg／ウエスト約80cm）と“細身長身”ではない逞しさの意味

龍馬の体格を示す紋服の寸法からは、彼が「細くて高い」というよりも、「全体的にがっしりした体型」であったことが読み取れます。

体重約80kg・ウエスト約80cmという数値は、現代基準でも筋肉質で安定感のある体格です。

この「がっしりとした高身長」は、彼の行動や交渉スタイルにも影響したと考えられます。幕末の動乱期に、薩摩・長州・幕府といった強大な勢力の人物と対峙しながらも、萎縮することなく議論を主導できた背景には、視覚的な威圧感と存在感があったことは否定できません。

体格そのものが、言葉を超えた「説得力」を生んでいたのです。

証拠はどれだけ厳密か？――尺貫法換算と証言のバイアス検証

坂本龍馬の身長を正確に把握するには、当時使われていた尺貫法を現代のメートル法に換算し、同時代人の証言に潜む誤差要因を慎重に検討する必要があります。この章では、身長推定に用いられた計算の精度と、証言の信頼性を科学的視点から整理します。

換算ルールの明示：1尺＝30.3cm、1寸＝3.03cm（端数処理の基準）

幕末期の身長表記は「尺」と「寸」で記録されていました。現代のメートル法に正確に換算するためには、当時の度量衡基準を理解することが重要です。

一般に採用されている基準は、1尺＝30.3cm、1寸＝3.03cmというものです。

この基準に基づき、主要な証言値を換算すると以下の通りになります。

このように、わずか1寸の違いでも約3cmの差が生じます。つまり、証言に使われた単位の取り方や端数処理の癖が、推定値に直接影響することになります。精度の高い結論を導くには、この「換算基準の一貫性」が欠かせません。

5尺7寸・5尺8寸のセンチ換算（173.01cm／175.74cm）と誤差要因（目測・記憶・英雄化補正）

龍馬の身長に関する証言は、実測ではなく目測や記憶に基づくものがほとんどです。例えば、海援隊士・関龍二が「5尺8寸」と語った一方で、田中光顕は「5尺7寸」と述べています。

この1寸（約3cm）の差は、測定器具による誤差というよりも、人間の主観的な記憶や感覚によるものと考えられます。

さらに、当時の人々が坂本龍馬を英雄視する傾向が強かったことから、「英雄化補正」と呼ばれる心理的バイアスも無視できません。

つまり、偉大な人物をより堂々とした姿で語りたくなる傾向が、わずかな数値の誇張を生んだ可能性があるのです。

このような誇張を考慮しても、主要証言（173〜175cm）は、京都国立博物館の物証（172cm）ときわめて整合的であり、全体として信頼できる範囲に収まっています。

169cm「写真起点説」の限界：撮影姿勢・角度・経年要因に依存する不確実性

一部の研究では、坂本龍馬の写真から169cm程度と推定する説も存在します。しかし、この「写真起点説」には明確な限界があります。

第一に、当時の写真は撮影技術が未熟であり、被写体の姿勢やカメラ角度によって見た目の高さが大きく変化します。龍馬が懐に手を入れた有名な立ち姿の写真では、若干前かがみの姿勢をとっており、実際よりも低く見える構図です。

第二に、撮影台や段差を利用してポーズを取る慣習もあり、背景の基準点が曖昧なため、精密な計測には不向きです。さらに、原板の劣化や複製工程での歪みも無視できません。

したがって、写真だけに基づく169cm説は推定の根拠としては脆弱であり、物証と証言の両面から見ても支持される余地は少ないと考えられます。

家族的特徴は関係するのか？――坂本乙女の体躯が示す遺伝的傾向

坂本龍馬の体格の高さは、彼個人の特性にとどまらず、家系的な遺伝的傾向にも支えられていた可能性があります。この章では、姉・坂本乙女の記録を中心に、坂本家に見られる「例外的な体格」の背景を探ります。

乙女の記録（約176cm・体重110kg超）と平均からの大幅乖離

坂本龍馬の姉・坂本乙女（おとめ）は、幕末期の女性としては極めて稀なほどの大柄な人物でした。記録によれば、乙女の身長は約176cm、体重は110kgを超えていたとされています。

当時の日本人女性の平均身長はおよそ145cm前後であり、乙女の体格は平均より30cm以上も高いという驚異的な数値です。

このデータは、坂本家が遺伝的に骨格の大きい系統であった可能性を示しています。実際、龍馬が172〜175cmという男性として突出した体格を持っていたことと照らし合わせると、家族内に「高身長遺伝」の傾向があったとみるのが自然です。

乙女はその体格を生かし、剣術にも秀でていました。彼女は龍馬の師範役を務めたと伝えられ、教育面でも精神面でも弟に大きな影響を与えたとされています。

身体的にも精神的にも強靭な姉の存在が、龍馬の成長と自信形成に寄与したことは想像に難くありません。

家族内での体格傾向と龍馬の体格の非凡さの補強

坂本乙女の体格を考慮すると、龍馬の高身長は偶然ではなく、家系的特徴によるものとみなせます。

この「遺伝的要素による裏付け」は、龍馬の身長データにさらなる信頼性を与える要素です。

幕末期の日本では、家族全体でここまで平均を超える体格を持つ例は非常に珍しく、坂本家が地域的にも際立った存在であったことがうかがえます。

乙女の存在を通して見えてくるのは、「坂本家＝大型体格系統」という遺伝的背景です。

また、乙女のような女性が家庭内で教育的指導力を発揮していたことも注目すべき点です。

龍馬が幼少期から堂々とした態度と度胸を培った背景には、体格的にも精神的にも強い姉の影響があったと考えられます。

この意味で、龍馬の「大柄な体格」は単なる身体的特徴ではなく、家族文化の象徴でもあったといえるでしょう。

体格は龍馬像をどう支えたか？――カリスマ性・交渉力・洋装の相乗効果

坂本龍馬の高身長とがっしりとした体格は、単なる外見上の特徴にとどまりません。それは彼が幕末の複雑な政治交渉をリードし、人々に強い印象を与える上での「戦略的資産」としても機能していました。この章では、龍馬の身体的存在感がいかに彼のカリスマ性を支え、歴史上の役割を際立たせたのかを分析します。

長身×がっしり体型が与える対面交渉での心理的優位

幕末の日本社会は、封建的身分制度の中においても、外見や態度が人間関係に強く影響する時代でした。

そんな中、郷士という比較的低い身分出身の龍馬が、薩摩や長州といった有力藩の上層部と対等に交渉を行えた背景には、その圧倒的な体格による存在感があったと考えられます。

人間の心理には「高さ＝威厳」「大きさ＝信頼」という無意識の認知が働きます。現代のビジネス交渉でも、背が高い人物の方が「リーダーシップを感じる」と評価される傾向があるように、当時の対面交渉においても龍馬の体格は視覚的な説得力を発揮していたといえるでしょう。

さらに、龍馬が体格を誇示するような人物ではなく、穏やかな笑みをたたえながらも堂々と立つ姿勢を保っていた点も重要です。

威圧と包容のバランスを兼ね備えた存在感こそが、彼を「異例の郷士」から「調停者・革命家」へと押し上げた要因の一つでした。

洋装・ブーツ愛用と“新しい指導者像”の視覚的演出

坂本龍馬は、和服を主流とする時代において、洋装やブーツを積極的に取り入れた先駆者としても知られています。

この選択は、単なる流行ではなく、明確な自己演出であったと考えられます。

高身長でがっしりした体格の龍馬が洋装を身につけると、その印象はさらに際立ちます。長い脚を強調するブーツ、肩幅の広さを引き立てる洋服のシルエットは、和装では得られない「近代的リーダー」の印象を生み出しました。

これは、従来の武士像とは一線を画す“新しい日本人の象徴”として、周囲の人々に強い衝撃を与えたことでしょう。

当時、洋装は西洋的価値観や国際感覚を象徴するものであり、龍馬がそれを自然に着こなしていたことは、彼の思想――「鎖国を超えて世界と交わる日本」――を体現する行動でもありました。

高身長の彼にとって洋装は、まさに思想と外見を一致させる「ビジュアルメッセージ」だったのです。

学術推定（紋服寸法）が現代展示物（等身大ドール等）の基準となった影響

現代の歴史館や博物館で展示される坂本龍馬像――特に霊山歴史館などに設置されているシリコン製等身大ドール――は、京都国立博物館所蔵の紋服寸法を基に制作されています。

つまり、これらの展示は単なる想像ではなく、実際のデータに基づいた「科学的な龍馬像」なのです。

展示物を目にした現代の来館者が「思っていたより大きい」と感じるのは当然のことです。幕末の平均身長を考えれば、その172cmという実寸データが、当時の人々にどれほどのインパクトを与えたかがよくわかります。

龍馬の体格は、現代の展示・映像・書籍におけるイメージ形成にも強い影響を与え続けており、彼の「リーダー像」はいまなお視覚的・身体的に再現され続けているのです。

よくある疑問への回答――「179cm説」「169cm説」はどう評価すべき？

坂本龍馬の身長をめぐっては、現在でも「実は179cmだった」「いや169cmだった」といった異なる説が流布しています。本章では、それらの説がどのような根拠に基づいているのかを整理し、どの程度の信頼性を持つのかを検証します。

179cm（5尺9寸）証言の位置づけ：レンジ上限としての参考、採用には慎重さが必要

幕臣・新太歌之助による「坂本龍馬は5尺9寸（約179cm）あった」という証言は、しばしば「日本人離れした高身長」として引用されます。

確かに、もしこの数値が事実ならば、幕末の平均身長155cmを24cmも上回る異例の体格となります。

しかし、この説は他の主要証言や物証と比較すると、やや逸脱が見られます。京都国立博物館の紋服分析（172cm）や、海援隊・陸援隊関係者の証言（173〜175cm）と比べると、その差は約4〜7cm。

この範囲の違いは「誇張的な記憶」「英雄視による補正」「端数処理の曖昧さ」などの要因で説明できます。

特に、龍馬が死後、象徴的な“国民的英雄”として語られる過程で、体格が理想化された可能性は否定できません。

したがって、179cm説は「レンジの上限値」として参考に留めるのが妥当です。歴史的事実として採用するには慎重であるべきでしょう。

169cm写真分析説の検討：物証・主要証言との整合性欠如と方法論上の限界

一方、近年になって提唱された「169cm説」は、坂本龍馬の写真を基にした推定に依拠しています。

この説では、有名な立ち姿の写真（桂浜の銅像の元となったポーズ）を解析し、背景の椅子や道具の寸法から相対的に身長を推定しています。

しかし、この方法には明確な限界があります。

こうした要因を考慮すると、169cmという数値は実測的根拠に乏しく、信頼性の高い物証（紋服寸法172cm）や証言（173〜175cm）とは一致しません。

結論として、この写真起点の低身長説は方法論上の不安定性が大きく、歴史的事実としての採用には不十分と評価されます。

このように、179cm説は「誇張の可能性」、169cm説は「測定手法の問題」に起因しており、いずれも主流ではありません。

最も整合性が取れているのは、物証（172cm）と複数証言（173〜175cm）を基にした「172〜175cm説」であり、これが現時点での最終的かつ学術的な定説といえます。

まとめ

坂本龍馬の身長をめぐる長年の議論は、物証・証言・換算基準という三つの観点から整理することで、明確な結論に到達します。京都国立博物館所蔵の紋服寸法、同時代人による複数の証言、そして尺貫法からの厳密なメートル換算を総合した結果、龍馬の身長は172〜175cmの範囲に収まることが確実視されています。

この数値は、幕末期の平均身長（約155cm）を17〜20cm上回るものであり、現代の感覚に置き換えれば「188〜191cm相当の存在感」を持つ人物だったことを意味します。

しかも、体重約80kg・ウエスト約80cmという数値からも明らかなように、彼は細身の長身ではなく、骨格がしっかりした堂々たる体格を備えていました。

さらに、姉・坂本乙女の身長が176cmを超えていたという記録からも、坂本家に「高身長体質」が遺伝的に存在していた可能性が高く、龍馬の体格が偶然の産物ではなかったことが示唆されます。

この「物理的な大きさ」は、龍馬が幕末の交渉の場で放った影響力の一部でもありました。郷士という身分の制約を超えて薩長両藩の要人と対等に議論できた背景には、彼の知略と同時に、圧倒的な存在感がもたらす説得力がありました。

高身長と洋装が融合した姿は、当時の日本にとって“異質で新しい指導者像”を象徴するものであり、その印象は後世の龍馬像の形成にも大きく影響しています。

最終的に、坂本龍馬の身長は「単なる身体的特徴」ではなく、彼の思想・人格・行動力を視覚的に補強する重要な要素でした。

つまり、坂本龍馬が「日本の未来を見据えた革命家」として人々に記憶され続けている背景には、知恵と信念だけでなく、その体格が生み出した“見える力”も確かに存在していたのです。